寝床

アニメや漫画

バンドリ雑談

エミリ「こころちゃんって本当に神様みたいよね。誰かの話を否定せず、憶測で性格を判断せず、相手の言葉に素直に耳を傾けて、それを肯定してあげて、相手を笑顔にさせてあげようとする。なんてけなげな無償の愛のかしら……」

ユウ「思ったんだけど、こころを神様みたくしてるのって、『世界中を笑顔にしたい』って部分だけじゃないかな? そのほかの部分は結構誰でもできるっていうか、それは言い過ぎか。美咲がこころみたいな考え方できるわけじゃないし、それはあるいは個性とか特性っていうんだろうね」

エミリ「ユウはこころみたいな考え方できるの?」

ユウ「うーん、少なくとも『世界中を笑顔にしたい』っていうのは、無理。ぼくは自分のことで精一杯だし。そんなことより百合が見たい。けど、そんなこころの思想ではなく、こころの思考回路自体は、意外といけるんじゃないかな? って思ったり」

エミリ「……思い込みをなくすとか? 例えば、ラノベばっかり読んでる奴はオタクだとか」

ユウ「なんか雑なたとえだね……」

エミリ「いい例えが思い浮かばなかったのよ……」

ユウ「ただ、これらはそうでない人たちを排除してしまう。ハロハピのみんなは、美咲以外皆、そういう隔離感を抱えているんじゃないかなって思う。自分が言った言葉が、思っていることと、全然違う意味でとらえられる。薫さんなんて顕著だと思う。『儚い……』なんて、いきなり言われても面食らうしかないじゃん。どんなに優しい人でも、他人からすれば、本当の意味をくみ取ろうとするのはとても困難だ。そんなことしようとしたらみんな宇宙語喋ってるようにしか聞こえないんだよ。だって『儚い……』から何がわかるっていうの。薫さんが(言語情報以外を付け加えるならキメポーズして低音響かせながら)ああ儚いって言ってるなあってことくらいでしょ。美咲はこの宇宙人をみつめる他人側なんだね」

エミリ「え? じゃあこころちゃんは何をしてるの? 翻訳? 相手の心の翻訳をしているってこと? その人が発している言葉をそのまま崩さずに?」

ユウ「翻訳作業はしているだろうけど、それをこころは相手に、あなたはこういうことを言いたいのね、とは言ってないね。これは結構すごいことだと思う。面と向かって薫さんにあなたは臆病であるとは言ってないでしょ。で、こころは相手の言葉、他人からすれば宇宙語みたいなものをそのまま尊重して、会話を続ける。こころは驚くほど優しい人なんだなあって思う」

エミリ「……あれ? でも、こころは美咲にだけはなんかあなたをみてるととっても焦るみたいなこと言ってなかったかしら。あなたは心配性、って直接言ってたような」

ユウ「そこが、ハロハピ内の、こころに対する美咲とそれ以外の差で、惹かれている部分の差でもあるんじゃないかな。つまり、はぐみ、薫さん、花音は、こころの思考回路に惹かれていて、美咲はこころの思想に惹かれている。こころを一番神様みたいって思っているのは、美咲だってこと……って感じなのかな、ミシェここって。だから今回のイベント、ハロー、マイハッピーワールドなのかなって」

エミリ「……まだやってないのにね」

ユウ「だって、怖いじゃん……みんなこころこころって」

エミリ「……みんなこころちゃんに救われちゃえば世界中がハッピー? 巡り巡ってユウもハッピー?」

ユウ「別、別」

 

 

雑記

 AbemaTVで放送している、声優アニ雑談のカラオケ回で、松井恵理子の歌に興味をもち、またデレマスの神谷奈緒の歌も好きだったことから、松井恵理子のアルバム「にじようび。」を聴いた。アルバムの最後に収録されている『声』のサビで、自然と涙がこぼれた。咄嗟のことで混乱したが、振り返ってみると、私はこういう、現実に追い詰められ、切実さがこみ上げてくる、もう逃げ場所がなくなった結果がけっぷちで叫ぶように祈るような歌い方をしている歌がもともと好きだのだな、と思う。最近のアニソンだと藍井エイルとか、バンドリのポピパとか。
 かといって、歌声が好きだから泣いた、という単純なことでは、ないように感じている。「にじようび。」のアルバムは、一番最初の『ワスレモノ』から、強い自己卑下を繰り返す一人称像が垣間見える。おそらく私はその姿を(勝手にだけれど)、松井恵理子が各所各媒体で言われる言葉たちから松井恵理子自身と重ね合わせて、涙を流したのだろうと思う。要するに、アルバムから作成された松井恵理子の物語に泣いた。
 思えば、ポピパの曲に感動する時も、その物語が曲から浸透してきてくる瞬間が、身体中に伴うのだった。ポピパの曲は、ほぼすべての曲を、小説版原作の中村航が作詞しているので、ポピパの物語をもっと深く知りたいという人はぜひバンドリ小説版を読んでほしい。もちろん、アニメをみて、きらきら星の精神を学ぶのもよい。アプリを遊んで、壮大な百合と姉妹への執着に溢れた素晴らしい世界に触れるのもよい。
 藍井エイルに関しては現時点では本人のことは詳しくない。元々、小説でも漫画でもそうだけれど、作品を出した作者のことにあまり関心が湧かない。詳しく言えば、気に入った作品をつくった人としての作者、作品形成にあたってのルーツとか、方法は見るけれど、その他の作者の一面は、みたところで作品とは独立しているものだ、と捉えている。
 しかし、今回私が松井恵理子のアルバムで泣いた理由は、一転、作者と作品を強く結びつけることをしているのではないか。作品に自己投影し共感していたならまだしも。私は最初から物語を求めていたのだろうか。

 

 物語といえば、アイドルは物語性があるから魅力的だと、各所各媒体で散々言われていることだとは思うけれど、しかし、今のアイドル市場をみると、どこもクオリティがインフレしている。二次元ならアイドルマスター、三次元なら秋元康がわかりやすいと思う。八月頭、WUGのライブに参加したが、その時も完成度にびっくりした。と同時に、ここに物語の介入する余地があるのか? と思ってしまうのもまた事実だ。クオリティの高さが前提となり、露出の機会もそちらに割かれていくので、低いものは、物語を見られる機会が与えられない。だったら「低い場所から始めて物語を魅せる」という手段があると思ったが、それもいつまで続けられるのだろうか、という不安が残るのも事実だし、何よりこのクオリティインフレの中でそれをやり続けるには、演者のメンタル力とそれなりに健康を前提とした体力が前提とされるのだろう。芸能界に入るということは、やっていくとは、そういうことだと言われればそうかもしれないが、しかし、そのことが誰かの諦観を生むというのであれば、アイドルが夢を生み出すということこそ幻想におわってしまうのではないかとも思う。
 そういう意味で、アニメのWUGは、仙台が舞台であることとは別に、「アイドルは物語である」と丹下社長が言ったのは、本当に時代の流れに沿った言葉だったのだと思っている。声優さんたちのWUGとの繋がりも含め、アイドルファンの心をつかむ、よくできた流れだったのだろう。だから、秋から放送するWUG新章で、どのようなことを書いていくのだろうかと私は予想がつかめないでいる。今、あの作品で「アイドルは物語である」と言っても、説得力がないだろうと思う。声優さんたちのほうのWUGの、完成度の高いパフォーマンスを見てしまった私には。新しく加入することが決まった、RGRの動き次第にもなるのだろうか。
 あと余談だけど、アイドル事変のアニメも今じゃないとできないアニメだっただろうと思う。結局、あのアニメの中で、アイドル議員とは何か、私にはさっぱりわからなかった。あの手のアニメには、あらゆるアイドルの成功、あるいはアイドル個人の成功の歴史で築かれた、一種のアイドル信仰が働いているのだろう。「アイドルみたいに夢に憧れればなんでもできる人間になれる!」というメッセージ性。それが独り歩きしてできたとんちんかんなアニメだったという感想に尽きる。議員活動?をしていたかと思えば、途中で正気になって?真面目にアイドルのレッスンしだすので、アイドル事変のアイドルたち自身がアイドル信仰にかかっているのだと思う。今、この時代に見る価値があると思っているので、無理にとは言わないけれど、暇を持て余している人は見てほしい。これもどうでもいい話だが、バンドリアプリのポピパストーリーはアイドル事変っぽい。

 

 書いていて気付いたが、最近そういえば、ツイッターやラジオなどで舞台裏のことを赤裸々に語る人が増えたと思う。アイドルは清楚とか、声優がアイドル化してきた、というものから一転して暴露話があったりして、それが新鮮なうちはまだよかったけれど、旬が過ぎるのは早いもので、コンテンツを多く見ている人にはもうそれが新しいと言われるのは首をかしげるのかもしれないという懸念がある。しかし、これらが繰り返し行われることで、作者と作品との間に、視聴者は物語を見ることを強制されるように視線を固定されているのかもしれない。と思うと、確かに、感動を生むにあたっては、今、これが最も手っ取り早い手法になっているのかもしれない。ただ、もっと改善される余地があるのではないかという感想を抱いてしまうのも事実だ。

 

 閑話休題、この夏、ライブを見に行った。
 7/29、ロゼリア/有明コロシアム
 8/6、WUG4thツアー/仙台サンプラザホール。
 8/12・13、デレマス5th/SSA(LV)。
 8/21、バンドリポピパ4th/日本武道館(LV)。
 ロゼリアで初めてアニメのライブに行ったし、夏にこんなに予定を入れたのも初めてだし、元々身体が貧弱なので体力も限界だったし、過去にこんな無茶なスケジュールを組んだ軽率な過去の自分を恨んだりもしたが、そうでもしないと動かないだろう。
 繰り返しになってしまうが、クオリティのインフレをデレマスやWUGで強く実感し、バンドリでは低い場所からの物語であった。
 どれも楽しい思い出だったが、一方私はライブ鑑賞に向いていないとも思う。体力面もそうだが、ライブで盛り上がる、という連帯感が、ファンや演者と一致しない。サイリウムを振ったり、身体を動かしてリズムをとりながら、自分の動きを滑稽に笑っているような感覚が、不意に訪れてくる。そういう動きをしている自分が恥ずかしいから、というわけではなく、演者、観客、すべてを含めた会場が、一つの演出された舞台装置にみえることがある。懸命に没入するように私は観客を演じているのではないかと思うこともある。それを特に強く体験したのがデレマスのライブだった。私は速水奏が好きだが、「一人の速水奏が好きなファン・担当」として、懸命に演じていた。もちろん、私はデレマスの速水奏が偽りなく好きだ。全て演じていたというわけではないだろう。興奮した部分もあった。しかし、応援していたとか、盛り上がったとか、そういう起伏とは、どこか違ったような違和感を覚えた。このままライブに参加し続けるのは疲れるだろう、という判断だ。
 そういえば、機会があればAqours2ndツアーにも行こうかなと思ったけれど、ラブライブではもうたくさんレポートが上がるだろうと踏んでいるし、もっと詳しい人に任せたほうがいいと思うので見送った。
 

 

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ロゼリアのライブ雑記

  Roselia1stライブ追加公演に行った。アニメ系のライブに現地参加するのはこれが初めて。ライブビューイングには、ラブライブのファイナル2日目とデレマス4thSSA1日目を座りながらゆっくりみたことがある。基本的に体力がないので、昔からこのようなイベントは避けていた。一生行かなくてもいいかなと思ってたけど、ライブビューイングに行ったコンテンツに悉くハマった経験から、一度は何かに行っておきたいという気持になった。
 アニメ系のライブは、二次元では自分の身体で強烈な体験をするということができないから、三次元で演者と自分とが身体を使ってそういうことを意識させ、再び二次元に帰っていくのかな、とか思ってたけど、こういうことをうまく言うためには、きっともっと二次元アイドルアニメや声優ライブに詳しくないと言えないんだろうなという気もする。
 現地の空気を感じてしまうと、これから行く予定である、もうチケットを取った、デレマス5thSSAとバンドリ4thライブビューイングを私は楽しめるかなと心配になってきた。現地でサイリウムを振っていて実感したのは、気付くと他人のサイリウムの動きやリズムを見てしまっていて、演者の動きや演奏を見損ねてしまうことが度々あるなということ。私が気にしすぎなだけかもしれないけど。そんな中でそれなりに声援を送れたりサイリウムを振れたのは、目の前に演者がいて、手を振っている姿を肉眼で見れて、演者も自分たちの振っている光景をみているからだなとわかっているからだった。ライブビューイングでは演者と自分たち観客のそういった視線のやりとりはカメラの目によってあらかじめ遮断されている。じゃあ自分たち観客の声援を聞くのは誰? 全て自分たち観客に反射して返ってくる。この光景を楽しめるかどうかは、ライブに対する楽しみ方でしかないだろうと思う、つまり、ライブの後に友達や誰かと一緒になって盛り上がったり感動を分かち合いたいと思うか、そうでないか。
 内容に関しては、開演前のアナウンスでまた紗夜と湊さんがリサの手を借りて幼児退行に勤しんでいたし、OVA映像でもそうだったのでリサが過労で倒れる前にしっかり者のあこちゃんなんとかしてくれと祈っていたし、くどはるはやりたい放題だし、軍服衣装と熱色スターマインで涙は出るし、燐子と湊さんの絡みがすごくあって楽しかったし、ドラム聴いててめちゃくちゃ楽しかった。

バンドリ覚書

日菜が天才っていうのは、姉である紗夜の不器用さと相対的に比べた結果で、日菜自身の個性をあらわす単語ではないな、と思う。つまり日菜は天才ではないというのが私の考え。日菜は才能はあるし器用でもある。でも、天才に必要不可欠なものが抜けている。それは持続力と執着心。だから、紗夜と日菜、将来的にどっちが結果を残せるかと考えたら、凡人でもコツコツと結果を残して自分を振り返っていける紗夜の方だろうなと思う。日菜は自分のわだちを自分で作れないし振り返ろうともしない。だからいざ自分がつまずいた時どこで自分が失敗したかわからない。少なくとも今の段階だとそんな見解。いつの間にかアイドルをやめてしまって無職になり、紗夜に養われる日菜の図が容易に想像できる。


バンドリは作りが丁寧なので(若宮イヴは別)、どのキャラも魅力的だけど、氷川姉妹にこんなにはまってしまうのは、なんというか、この二人は色々と生きづらいだろうなと常々思ってしまうから。いや突き詰めれば生きづらくない人間なんていないのだろうなって思ってしまうのが私の極端なところだけど、氷川姉妹の受容のされ方をみていると、特にそう感じる。日菜は天才ではない。と繰り返し言うのも、私が学生時代、一番最初のテストで一位をとって、それからも一位を取り続けてたら天才って言われ続けてた経験も大きいだろうなと思う。コースが違う場所に行けば他にできる子はいたし、テスト範囲をきちんとやっていればできた問題ばかりだったので、なんで私は天才って呼ばれてるんだ、わけわからん、と唸っていた記憶が蘇ってきた。懐かしい。ここで言われている天才っていうのは雑なくくりの褒め言葉みたいなものだったというのが私の所感だった。こういうのって日本特有の文化みたいなものでもあるのだろうか。文脈を辿らないとある言葉の使われ方はわからないっていうのはどこでも共通だとは思うけど、言葉が過度に内輪に籠もりがちになってしまうみたいな。




パスパレのCDはまだ曲しか聴いてないけど、もっと大和麻弥と丸山彩の繋がりが好きになった。パスパレボリューションずなんて、モロだよね。歌詞の「キミ」がファンじゃないのは、歌詞の流れからも題名からも予測できるけど(ファンとの絡みはしゅわりんの役目)、基本的にパスパレは彩ちゃん中心曲なのでじゃあこの「私」に励まされてる「キミ」は誰?ってなると、自分なんかと決めつけないでアイドルになれる大切な気持ちをあゆみさんからもらって、それを自分がアイドルになってみんなに勇気をあげようとしてアイドルになろうともがいている丸山彩をみている大和麻弥だよね、という。ドラムの薄暗い一番後ろから頼もしくて輝いている丸山彩の背中を見つめてドラムを叩き続け憧れる大和麻弥革命だ。あやまやがみたい。

パスパレイベのカードで、日菜が憧れられる存在になれたらな、と言ってたけど、日菜の心持ちがどうあれ、彼女は憧れられるような目を向けられたのかな、と思ってみると、首をかしげる。天才という作中の扱い、または受容のされ方をみると。(モブ以外で、尊敬するモブはいくらでも生み出そうとすれば生み出せるから)誰が日菜のことを憧れるだろうな、って考えた時に、思い浮かんだのが若宮イヴだった。日菜とイヴの絡みは、普段は自由奔放で奇天烈な日菜が、年下のイヴを見守るような立ち位置になる。イヴはいつもブシドー言ってるからなんでもやりたがって、面倒見のいい日菜は器用に一緒にやってのける。……と色々と考えてみたけど、やっぱりイヴのキャラクターが邪魔して、どうもうまくいかない。というのも、フィンランド人と日本人のハーフ、ブシドー、元モデルという設定たちが、人生設定をうまく描写することに定評のあるバンドリの中で活かされていなさすぎるように思う。ざっと調べていたけど、フィンランドって花見できるんじゃないかな、とか。さきに若宮イヴだけ例外って言ったのは、若宮イヴにはどこか日本に憧れるハーフキャラのテンプレート的なものが散見されて、要素がうまく活かされていないから。モデル時代や学校での過ごし方に関しても、もう少し奥行きがほしい。ぱっとハーフキャラって言われて思い浮かべられるのはラブライブ絢瀬絵里だけど、よく考えたらクォーターだった。G's本誌展開、つまり原案の公野櫻子先生が書いたほうの絵里の話に限るけど、ロシアの話がバンバン出ていたので、イヴちゃんにもこう、せっかく名前がイヴなんだし、名前の日の話とか、してほしい。クリスマスだからこれからか。


SKY JOURNEY(試聴版) 感想

【試聴動画】ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 3rdシングル C/W「SKY JOURNEY」「少女以上の恋がしたい」

http://youtu.be/pp4PPsRsp4U


ユウ「SKY JOURNEY。直訳すると『空の旅行』になるのかな。最初に題名を出された時に感じた違和感は、どっちも名詞だからだね」


エミリ「英語には名詞の形容詞的用法もあるみたいだし、その要領でSKYが使われてているのかしらね。……しかし、わからないのは、SKYもJOURNEYも、定義が広いから、具体的にものを出すなら形容詞をつけないと、どんなSKYなのかどんなJOURNEYなのかわからないのよ」


ユウ「試聴を聴く限り、風景描写はないよね。わかるのは『僕』と『君』のことだけだ」


エミリ「おかげでこの曲の色が全然掴めないわ。澄み渡る青空なのか、雲がかかった鬱屈とした灰色なのか、闇に包まれたような不安になる夜空なのか。そして、ますますわからないのは、JOURNEYの正体はなんなのか……」


ユウ「『どこから来たの?ずっと遠くから』と『僕』と『君』が会話しているから、『君』がJOURNEYをしていて、『僕』の元へ来た、という感じかな」


エミリ「JOURNEYといえば、なんでJOURNEYなんでしょうね。travelとかtripじゃダメなのかしら。それこそ、voyageなんて、海に関係するじゃない?サンシャインにぴったりだと思わない?」


ユウ「多分それは、SKY JOURNEYの歌詞が、旅の過程に重点を主に置いたものだろうから、と僕は考えるよ」


エミリ「それはどういうこと?」


ユウ「手持ちの三省堂出版『ウィズダム英和辞典第3版』p2029のtripの項目に、trip、tour、travel、journey、voyageの違いが書かれてある。


tripは距離の短い外出・旅行から長期の海外旅行まで幅広く用いられ、通例帰ってくることを暗示する。頻度・回数などを表す数詞とも相性がよい。

tourは見学・視察目的で各地を巡り元の場所へ戻るような周遊旅行をいい、しばしば案内人を伴う。

travelは【U】で、主に仕事・娯楽目的で長距離の旅行を漠然とさすが、【名】の前で形容詞的に用いられることが多い。複数形は娯楽目的で海外など遠方の各地を訪れる一連の旅行を示す。

journeyは通例陸上の長距離・長時間の旅行を表し、必ずしも帰ることを暗示せず、《米》では文語的に響く。旅の過程に重点があり、時に苦労・困難を伴うことを暗示し、しばしば人の心理状態を示すような【形】と共に用いられる。

voyageは《主に書》で、海・宇宙の長い旅行をさし、時に運命的な旅であることを暗示する。


また、このjourneyの記述もそうだけど、歌詞をみると、『僕』と『君』は、『どこから来たの?』『ずっと遠くから』という会話だけみれば、他人にみえるかもしれないけど、『まるで僕の知らない世界に行ったと思わせるため息の色(?)』『きっと切ない誓い(時代?)があったのだろうだけど笑顔で明日を歌う声(?)』と言っているから、この二人は知り合いなんじゃないかなと僕は推測する。他人だったら、こんなことを感じないだろう、最初からお互いに知らない世界のままだしね。

『僕』は『ずっと遠くから』来て『まるで僕の知らない世界に行った』『笑顔で明日を歌う声』を持っている『君』をみて、『君』は『答えてるようで答えてない』曖昧な回答ーー『僕』がわからないだけかもしれないーーをしたといい、『きっと切ない誓い(時代?)があったのだろう』だけど前向きなその姿をみて、サビのようにうたう。サビは、全部『君』の、おそらくJOURNEYを経た『君』の、成長した強さにうちのめされた『僕』の嘆きの心情だろう。『僕』の知らないところで『君』は何をみたの?何を知ったの?また、『勇気が欲しいのは誰でも感じてることだと知ってるよ だけど人は迷いたがるね』と言うように、きっと『僕』は『君』が羨ましいんだ。余談だけど、この最後のフレーズ、ずるいよね。人は迷いたがるねって、迷ってるの、『僕』じゃないの?って。……まあ、これ、全部僕たちの妄想なんだけどね。だって全容わかってないし」


エミリ「この、全容がわかってない時にあれこれ妄想するのが楽しいんじゃない。

これから『僕』が、どう行動していくのか、また、まったく不明なJOURNEYの前にあるSKYの正体はなんなのか、フルがとても楽しみだわ」


アイドル事変:1話 感想

二次元アイドルものだから、という理由でアイドル事変をみたのですが、予想以上にとんでもないアニメだなと思ったので書き留めておきます。


アイドル事変に関しては、アニメ化前にすでにアプリやCDでコンテンツが展開されているようですが、私はアニメで触れるのが初めてです。

まず、政治×アイドルということで、どう説明してくるのだろう、と思ったら、「不況、貧困、広がる格差、そんな先の見えない時代に女神たちが降臨した」という一言を残し、議員には賄賂というマイナスの側面だけを残して、カメラはアイドルたちへフォーカスされていきました。
新潟で田植えを応援をするため歌ってた主人公の星菜夏月が、近堂幸恵に誘われ、アイドルへの強い想い?憧れ?から、諦めずアイドル坂を登りきり、先輩アイドル鬼丸静と一緒にライブをして、アイドル議員になる、という話ですが、所々、演説など選挙活動はしているものの、これだけでは政治とアイドルが結びつかないなと思います。

楼凱党がしきりに政治に歌って踊るより〜と正当性を結びつけるのもアイドルが政治と結びついているのが当然の世界だからこそで、このアイドルと政治が結びついた当然の世界、っていうのが、アイドル事変のとんでもないところなのだと感じます。

鬼丸さんの過去話、オーラでみんな(それもアイドル)を潰してしまうというのも、アイドルとして不況の日本を変えるというより、アイドルとしてどう輝くかというアイドルの側面が強い気がします。

ライブパートでも、観客が「ものすごいオーラ!」と叫ぶことから、オーラの可視化が伺えたり、それに圧倒され応援する聴衆たち、楼凱党の人も例外ではない。そのことから、この世界にはある一種のアイドル信仰が根強くあるのではないのかというのが強い感想です。

HPが重くてみることができないのでストーリーの背景が詳しくわからないのですが、「アイドル議員」という枠が議員の中に自然に組み込まれているならば、私が認識しているアイドル像とアイドル事変におけるアイドル像は一致しない、つまり、アイドル事変には指摘されるまでもなく当然アイドル信仰があってもおかしくはないのではないかとも思います。
しかしそうなると、どうしてもアイドル議員以外の議員が、楼凱党という名前であったり賄賂をしていたりと、マイナス面で強調されるのが目立つ印象です。この世界観は、アイドルが輝く舞台が整っている、と強く感じます。
アイドル事変はタイトルがアイカツのオマージュのようなものであったり、崖に似た(と言ったらさすがに言い過ぎか)アイドル坂を登ったり、オーラという要素がでたり、アイカツを見ていたものとしてはアイカツとデジャヴな光景が多くみられると思いますが、しかし、アイカツよりもアイドルに配慮されている世界観であると感じます。

アイドル事変はアイドル×政治のアイドルが徐々に革命を起こしていくアニメかと思ったら、そもそも聴衆たちがアイドルに対するアイドル信仰を持っているアニメなのかもしれない、という感想を持って、2話以降もみたいなと思います。


余談ですがアイドル事変OPのサビ部分のダンスパートは、アニメというより、非常に三次元アイドルのMVのようなカメラワークだと思います。

百合的に好きな2016年秋OPED(ユーフォ2ED、フリフラOP)


歌:北宇治カルテット/作詞・作曲:ZAQ/編曲:高田暁
絵コンテ・演出:藤田春香/作画監督:西屋大志/楽器作監:高橋博行


最初、大きな着ぐるみの楽器くんはてっきりユーフォくんだと思ってたのですが、よくみたらチューバくんでした。
なんでチューバくんなんだろう、ユーフォくんじゃないのかな、と思ってたのですが。
AメロBメロで、この4人はお菓子がたくさんあるにもかかわらず、お菓子に対してさほど興味を示さないというか、微妙な顔ばかりしているのが印象的です。服装や仕草、立ち位置からみるとこれはチューバくんが主催したパーティのようなものなのでしょうか。たとえば久美子はシャボン玉飛ばして遊んでるし(膝立ててるし行儀悪い)、f:id:train49:20161017024845p:plain
サファイアちゃんはマカロンでドミノ倒しを始める。

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葉月でさえ花を弄るし、

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麗奈はお茶を飲んでなんか怪訝そうな顔をチューバくんに向けてドキッとさせる。困惑気味なチューバくん。

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どうやらオーダーとは違うらしい。久美子はお菓子を否定する。私たちが求めてるのはこれじゃないんだけど。

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チューバくんの魔法によってマウスピース(サファイアちゃんの場合は弓)に変わるとみんなこれだよこれ!!私たちが欲しかったのこれなの!!!と歓喜し一斉に外へ飛び出します。

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たぶん楽器との運命の出会いを示唆するためにチューバくんだったのかな、と。1期の頃、あすか先輩にどやされて久美子がチューバくんになって葉月をチューバに引き入れようとしたことがあった。で、チューバとマウスピースがはまることで葉月はチューバを選ぶわけだけど。あれこそ(仕組まれてますが葉月からしてみれば)運命の出会いって呼ぶにふさわしいものはないですよね。麗奈にとってのトランペットもサファイアちゃんにとってのコントラバスにも運命がある。

で、問題の久美子。草原を必死に必死に走って行って、ふとした拍子に転ぶ。顔を上げてみると、そこには光り輝くユーフォニアムがあり、

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大切にほんとうに嬉しそうにぎゅっと抱きしめる久美子。

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このカット。
このあとすぐ麗奈が久美子に手を差し伸べるので一瞬なのですが、完全に久美子とユーフォニアムの百合。
ユーフォニアム繋がりで考えると、そもそも久美子にユーフォニアムの存在を伝えたのは姉の麻美子なんですよね。ユーフォニアムを吹くことにあたって、麻美子の存在っていうのは久美子にとって非常に大きい。だからなのか、たびたび久美子はあんなに嫌そうな顔したりドライなのにときどき麻美子のことを思い出したり、麻美子も麻美子でおめでとうを伝えたり、ユーフォニアムと久美子と麻美子の三角関係ですよ。間に挟まれたユーフォニアムはたまったもんじゃないですね。久美子はユーフォニアムのことが大好きですけどユーフォニアムを教えてもらった麻美子のことが忘れられないし、麻美子はユーフォニアムと別れたはずなのに未練たらしく久美子をみてはユーフォニアムを思い出しちゃうし。
そこに引力関係の麗奈とか秀一とか同じユーフォニアム共同体のあすか先輩とか、もういろんなひとと痴情の縺れが発生する。それもこれも楽器との運命の出会いのせいで、ユーフォニアムを吹いてるから吹奏楽部ってところに入部したからこそ出来てしまった関係で、人間関係だけじゃなく上手くなりたかったり色々な葛藤があったりして。おそらく楽器はファムファタルで、だからこのカットは非常に良いわけです。久美子はユーフォニアムに惚れてるんです。これがなくちゃ始まらない。そのあとの麗奈の関係も始まらない。

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チューバくんが指揮をしてるのもとてもいいです。楽器は自分で声を出せないし声を出してもらう側だけど、限りなく導いてくれて、ちょっとオーダーミスっちゃったりしちゃうドジな面もあるけど(人間がそれをミスらないよう技術で補わなければいけない、つまり上達する向上心とか、楽しむ気持ちとか)、愛おしい存在。かわいい。




2.フリップフラッパーズ OP「Serendipity
歌:ZAQ/作詞・作曲:ZAQ/編曲:R・O・N
絵コンテ・演出:押山清高/作画監督:小島崇史


何と言ってもパピカとココナ。
Aメロで、どちらもどこか憂鬱そうな雰囲気から始まり(曇り)、

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Bメロに入り雨降る夜、ココナが(おそらく)窓の外を見つめ、

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パピカは土管のなかで一人うずくまり、

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ココナは二人分の傘(黒と白)を持って駆ける。

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もうここでも圧倒的な百合を見せられてるのに、そのあと、サビで雨が上がり日差しが差し込む中、パピカが顔を上げるんですね。で、一人きりで寂しかったとか憂の感情が一切なく、ココナきた、ココナが来るって信じてた、 と言わんばかりの嬉しそうな口角の上げ具合。ココナも、心配かけさせないでとか切羽詰まった表情じゃなくて、ああやっぱりここにいたのね、と息を切らしながら確信めいた笑顔。

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ここの歌詞は聞き間違いがなければ「遠くでもずっとそばにいる、繋ぐ心ずっと離さない」とあります。素晴らしい。
(OP中の天気を抽出するとAメロ曇り→Bメロ雨→サビ晴れ)
で、極め付けは、最後に、2本分の傘をココナが持っていったにもかかわらず、違う色付き傘で、晴れた日に相合傘をしているんです。

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と言っても、OP中でこの色付き傘は出てきてて、Bメロの雨のなか土管の中央部分で差してあって(誰がさしてるんだろう、うずくまって待ってるし位置的にもパピカじゃないとは思うんですが)、

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サビ前で雨空に舞い上がったり、

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最後にパピカとココナが草原を駆けていったあとにふたたび晴れた空に舞い上がったり。

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ココナが持ってる2人分の傘は黒白だし、じゃあこれはもう相合傘用の傘ってことかな。話数が進んだら何かまた新しく真相がわかるかもしれませんが。
パピカがココナに身体を預けながら、ココナも目を閉じてパピカに寄り添う。

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天気と感情を連結させて雨を負の感情に見立てる、ようなことはよく演出でもみかけますが。傘はその面積から距離感やパーソナルスペースが物理的に生まれるもので、しかも晴れの日に、ココナが持ってきた傘じゃないまた別の傘でさしてて。晴れだからといって天気の全てを肯定せず、雨傘をさしてることにより日光すら2人の関係を邪魔できない。傘でできた影のなかで2人は幸せそうに微笑みながら肩を寄せる。こんな信頼と思いやりと優しさで溢れた関係性をたった1分30秒でみせられて泣かないわけがない。私の中のベスト百合シチュエーションに「晴れの日に雨傘で相合傘をする」が追加されました。



どちらもZAQさん作詞作曲のものですが、ほんとうに偶然です。
2016年秋全体をみると、他には灼熱の卓球娘OPのBメロの"卓球感"や、魔法少女なんてもういいですから。2期OPの江畑諒真さんなど、気に入っているものは色々あるのですが、個人的百合な視点からみて熱かったものを。今期は心なしかいつもよりたくさん百合があるように感じられて嬉しいです。