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アニメや漫画

BDP5th 雑記

 2018年10月7日(日)、横浜産貿ホール・マリネリアにて、BDP5th(BamG Dreamer's Party! 5th STAGE)に参加した。サークル参加、つまり、同人誌を発行する側としてである。
 同人誌即売会には、過去に一度だけ、知人に文フリに誘われ、行ったことはあったものの、サークル参加は初めてだ。二次創作は色々とやってきたが、本を出そうという思いは弱かった。本を出して、わざわざ会場に足を運んで、知らない人ばっかりいる空間にいるくらいなら、一人でやってたほうがましだと思っていたからだ。二次創作をするにあたって、今もそのスタンスは変わらない。けれど、変化があったのは、本にすることそのものだ。ネット媒体だと、たとえばサービスが終了してしまえば、いとも簡単に見れなくなってしまったりすることがある。文章を作家が消してしまえば、なかったことになってしまえる。これはネットに限らず、ちょっと見渡せば、あらゆるところに見られることではないだろうか。たとえばアニメでは、VHSではもうみんなアニメを再生しない。VHSをみるためには専用の機器が必要になる。DVD、BDと媒体が変遷していくが、それがいつまで持続していくかはわからない。音楽もそうだ。レコードやカセットテープは主流でなくなり、CDも形をかえて、データ販売が主になっている。アニメも音楽も文章も、誰か(複数であったり、単独であったりする違いはもちろんあるが)の記憶だ。その記憶が、時の流れによって再生できなくなってしまうという事実は、想像すると悲しい。
 本は残る。燃えたりしてしまえばそれまでだが、やっぱり残る。だから、私は、同人誌発行に前向きになっていった。そして、いずれ私は私の過去のことを忘れてしまうだろう。それを思い出す作業の一部として、本は役立つかもしれない。忘れたくなくて、残しておきたくて、踏み切ったのかもしれない。

 閑話休題、文章を書くというのは、孤独な作業である。二次創作ならば原案など、あるいは他人の案を持ってきたりはしても、文章を書くのは作家ただ一人の作業になる。
 しかし今回私が書いた同人誌は、そうではなかった。それは相互執筆という形態をとっていたからだ。
 相互執筆とは、複数の作家が集まって、原稿を回していく執筆である。私とお相手のかた、二人で行った。
 まず、この企画は、お相手のかたが、相互執筆をやりたいといっていたところに、私が乗っかったのが始まりだ。前述したように、本を出すことに前向きになった私が、ノリでのっかった。
 スケジュールを確定してしまえば途中しにかけても追い詰められて本は出来るだろう。そんな感じだった。結果的ほぼこの感覚は当たっていたような気がする。まずはアクション。
 実際にお会いして、話し合うことに。お相手のかたが同人誌発行の経験があったので、話を聞きながら、題材を固めることに。バンドリの薫と千聖、MV撮影という基盤が固まり、入稿までのスケジュールを、提示してくださる。執筆は一週間交代。費用は折半。途中、私は体調を崩し、影響してスケジュールを押したが、それでもコピー本を作る余裕も出来ていた。結果的に、内容も間延びしない結果となりよかっただろうと、終わった後に話し合っていた。
 相互執筆をするのは、アニメを作るのとよく似ているのではなかったかと、振り返ると思う。アニメは集団作業である。案があって、脚本からコンテがあがり、原画があがり、修正され、背景や3D、美術を設定、並行して音声収録や音響を調整、そしてテレビ放映。ここらへんはアニメ『SHIROBAKO』をみていただけるとわかりやすいと思うが、このスケジュールを調整する役として制作進行がいる。私達は、相互執筆を通して、お互い制作進行をしながら、それぞれの役割をしていたと思う。今に思えば大変な作業であるし、本を手にとっていただいたかたにはおわかりになるかと思うが、そういう結構嘘っぽいことをやっていると、少なくとも私は、強く意識していた。

 さて、アニメや漫画界隈における小説同人誌というのは、絵や漫画よりも売れない。しかし、バンドリは小説同人誌を出すサークルが多いらしく、みると100ページを超える本を出したり何冊も刊行しているサークルもたくさんある。ちょっと前に聞いたのは、今はパソコンを持っていない環境でもスマホがあるので、小説に逆になじみが出てきている。気軽にみられるのは絵だが気軽に書けるのは小説だ。だから小説書く人が多くなったのではないかと。他にももっとたくさんの要因が重なるのだろう。バンドリはテキストゲーだとか。
 ありがたい事に、当日、作った本は、完売した。早い段階で捌けてしまい、どちらも驚いていた。
 部数の件は本当に悩みの種で、どのくらい売れるかは正直読めない。売れすぎても楽しみにしてもらえてくれた人の手に渡らないし(そもそも私が本にしたい理由が記憶を残したいだから、欲しい人のもとに渡らないと私の意味がなくなってしまう、気がすまない)、かといって刷りすぎると在庫を抱えて大変になる。とりあえず売れ残りは避けよう、そしてあまったら通販にまわそう、と思っていたら、完売。マジか。
 これにはさまざまな要因が重なっていたと思う。ツイッターリツイートをバンバンしたこと。そして本の表紙が非常に印象的だったこと(具体的には、アニメのようなデフォルメではなくリアルタッチで、ジャンルから外れた魅力を与える)。できるだけ文章もみやすいよう考えてみた。その結果もあるのかなと思う。でもやっぱり一番は、お相手のかたが本を出すという吸引力かもしれない。ただこればっかりは、何が大きい要因かなどは、予測するだけ徒労に終わるので、区切る。

 本が手元から離れていく瞬間というのは不思議なもので、いずれ捨てられるかも燃える未来かもわからないが、それでも読まれてくれたらいいなと同時に思う。私のそばには今、昔買ったアイドルマスターの同人誌がある。本をだいぶ整理しはじめたが、本にするのはマジ大事なんだな、と実感している。

 会場内でも、隣のスペースのかたも気軽に話しかけてくださって、心強かったのを覚えている。代わりに店番もした時間もちょっとだけだがあった。臨機応変も大事である。即売会の醍醐味なのだなと楽しさを味わった。昔ならテンパってただろうにな、と承諾したのを思い出せる。
 また、スペースにお越しいただき、挨拶してくださったかたもいらっしゃった。本を交換したり、お話したり、また私がスペースに行って、話しができたり。貴重な体験である。

 色々なスペースに行き、そして私も色々な本を買った。私はこの本をたくさん読んで、そして保存し、記憶にとどめることだろう。

 二次創作やここに雑記などを書くことは、趣味だ。私の好きでやっていることだ。そう自信を持ってきっぱり言うまでには一応紆余曲折あったものの、そういう気持ちでいる。だが、私の文章が好きであるという人は、結構いてくれるらしいというのを、初めて実感したような気がする。言われたことはあるし、そうなのかとは思っていたものの、いや、びっくりした。マジ。

 これを機に自分で本を発行する機会を増やしたり、積極的に企画に参加してみようと思っている。初めて作ったのがこの本でよかったと、改めて実感している。感謝してもしきれない気持ちでいっぱいである。