寝床

アニメや漫画

UVERworldの音楽世界観

  先週、仙台のライブに行ってから、ずっとUVERworldの曲を聴き続けている。

  ライブにはあまり行かない主義であった。というのも、私は片頭痛持ちであり、大きな音があると痛みを誘発しやすいからである。また人混みも苦手で、学生時代は外出もいくことを拒むほどであった。今はイベントに積極的に参加するほどであるが、これは考え方をがらりと変えた結果だからだ。それについては本題ではないので割愛。

  家族ぐるみではまりだして、家族が積極的にライブに行くようになって、つられて行くようになった。ライブに行くことはきっといい経験になると思ったからだ。その結果が今のこの気持ちであるならば良かったということにしておこう。経験に頼りすぎるのも、麻薬に頼るのと同じであると思うので、こういう書き方をしている。


UVERworldを聴き続けて、もう何年経つのだろうか。アニメの主題歌、D–Gray manかガンダム00か、どちらだかのOPに感銘を受け、『AwakeEve』というアルバムをずっと流して青春の一部とし、クラスメイトに偶然UVERworld好きなかたがおり、どんどんハマっていった記憶がある。そのかたとは今は疎遠だが、私もここまで正直UVERworldにハマるとは思っていなかった。そのクラスメイトがいなければ、家族ぐるみでハマるくらいに、影響を受けていなかっただろう。


  ただ、もし、私がここでUVERworldの魅力を詳細に語ったところで、意味がないだろう。例えばエッジヴォイスが好ましいとか、バスドラが素晴らしいとか、そのような指摘だ。というのも、それはただ私のみている主観の世界であり、UVERworldの音楽世界観そのものではないからだ。私がUVERworldを語るということは、あくまでUVERworldに感銘を受けた私の言葉である。結局のところ、私は最後にこう言うだろう、UVERworldをぜひとも聴いてほしいと。しかしそうすると矛盾が生じる。音楽とは、旋律であり、文字列ではない。視覚作用ではなく、聴覚作用である。こうして文字を追っていてもUVERworldを聴くことはしていない。この文章を読んでから、一アクション二アクション起こさなければ、UVERworldの音楽世界観を経験することはできない。そしてそのアクションは、あなたにとって、身軽なものかもしれないし、また腰が重いものかもしれない。黙ってUVERworldの音楽をイヤホン片手に、私の身体ごと飛んでいって聴かせられればよいが、不特定多数に読まれるであろうこの文章では、そんなことは不可能だ。私はこうしてUVERworldの音楽世界観がどうあるのか、分析に努めることしかできない。そうすることで、少しでもUVERworldという音楽世界観の吸引力になることを祈るしかない。

  また、魅力という言葉はその言葉自体が誘惑に包まれていて、非常に相対的なものだ。あるものを「魅力的」と判断するーーある人を天才と呼んでみたり、ある人を幸福と呼んでみたり、ある人を好きだといってみたりーーそれは、世界の尺度によって様々変わる。変わると言うことは絶対がないと言うことであり、例えば「天才とはなにか」といっても分野によって一概には言うことが難しいように(当然のことながら、時代によってある程度普遍的な音楽、言語、詩などに天才が現れることはある)、判断者、それも適切な、そんな人は、ころころと変遷してしていくのである。これは確かショーペンハウアーあたりが幸福について語った本でなんか言っていた、はず。うろ覚え。そんなもん。往々にして、魅力というものを、自覚している人というのは、存外少ないものであると、最近つくづく思う。私を含めて。


  さて本題であるが、ある曲を例として挙げよう。それは『体温』だ。最近発売されたBALLADE BESTに新録として収録されている。

  『体温』、それは単語だ。肌と肌が触れて感じる時、それはより実感できる単語であるだろう。ラブソングのこの曲は、形の見えないものが信じられられなくて不安になって泣いてしまう君と、口づけで言葉を遮る僕の情景からサビへ。愛に形がほしい、形がなくても愛とよべるものがあると信じている、すれ違いを甘い言葉で優しく囁く。

体温。それは実感できるもの。しかし君は、愛を形のないものと不安がり、別れようとおそらく不安がってしまっている。君からもらったスニーカーは減り、現実では腹が減っている。僕は夢の中で眠る。ただ一緒なだけで笑えてたじゃん? と優しく問いかける。たしかにあったでしょ? と問いかける。見えないから愛の本質が見えるのかもしれないと。そう説いてもみる。最後には形のない見えない体温が唇に残っている。

  語らないといいつつ、つらつらと述べてしまったが、おおよそこのような筋書きのストーリーだろうか。ど直球のすれ違いラブソングだというのが所感である。おそらく以前のアップテンポとアニソンしか聞かなかった私であるならばあまり好きでなかっただろうし、趣味の幅と積極的にバラードを聴くようになった影響もあるのだろう。

  『体温』から読みとれる音楽世界観は「形のない愛への信仰」だ。『体温』という題名であるにもかかわらず。こういうちょっとアンバランスな、立ち止まって考えてみると違和感を覚えて、いざ思考してみると答えがちゃんと出るような作品は、私をUVERworldの音楽世界観の魅力へと引きずりこむ。


  音楽というのは言葉であり、世界は言葉でできている。少なくとも、人間の景色にとっては。音楽を聴いていると、私の世界が明瞭になっている感覚がはっきりとなっていくと同時に、少し寂しくもなる。私と同じ感想を抱く人は、おそらく一人もこの世界にはいないだろうとはっきりわかってしまうからだ。だから、私はこうして文章を書き、幸福の道を前進し続けるのであろう。それは私が寂しくないようにではなく、また名声や富のためでもなく、私のみている世界をきちんと映し出し、私自身を清算するために。