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シルク・ドゥ・ソレイユ『キュリオス』仙台公演 覚書

2019/4/20土曜、シルク・ドゥ・ソレイユ『キュリオス』仙台公演、16:00の部を観た。その概要はHPに載っているので、そこに委ねよう。またパンフレットに記載もされていることだし、そこに預けよう。と言うのも私はこの公演を知人の誘いで行ったので、事前情報なし、サーカスとだけ聞いていった。だからシルク・ドゥ・ソレイユが詳しくどんな団体なのか『キュリオス』がどういった題材なのか、わからず、新鮮な気持ちで楽しんだ。


http://www.kurios.jp/index.html


席が正面後方だったのだが、前の席に座っている人の頭でちょうどステージが隠れて、全体を見渡せなかった。身体をよじりながらどうしたものかと思い、音楽と周囲の反応、照明で楽しんでたけど、そのおかげと言ってはなんだけど、私はいち早くその人を見つけることが出来た。ミュージックを担当しているシンガーの女性だ。ひょっこりと舞台装置の裏から顔を出し、気だるげにもたれかかりながら、しかし上品さは失われていない。蓄音機のようなものを背中から頭上へ設置していると記憶しているが、目が悪いので記憶しているかもしれない。

30分の休憩を挟んだ直後、黒を基調としたドレスを纏った彼女は、ミュージック隊として、表にはじめて出てきた。出番はほんの一瞬だったが、私はその瞬間なんだか雷を打たれたような心地になっていた。観客の一人が懸命に彼女に手を振っていた。しかし彼女は目配せをせども、振り返しはしなかった。表情は見えないけれど、私は想像する。彼女がどんな表情をしていたかを。それは私の内に留めておこう。もっともここまで書いたら想像に難くないことだと思うけど。

ミュージック隊が時々、客席から見える時があった。その時も私は彼女を見てた。時には左上方の台に乗って演目を伺うような瞳を覗かせていた。彼女の瞳に、『キュリオス』はどのように映っていたのだろう。

パンフレットをみても、彼女には名前がない。それは彼女自身の名前ということでなく、『キュリオス』においてということだ。シンガーとだけあるということだ。バックでただ歌うこと、それが彼女の役割なのだと。サーカスやシルク・ドゥ・ソレイユにおける歌の背景は詳しくないから、その指摘が正しいのかは微妙だけど、だからといって、彼女自身の名前を知って楽しむということは、少し違うような気もするのだ。11:11という1分間の時間の中で私が見ていた光景で、私は気づけば彼女を追いかけ続けていた。彼女は私が見ていた『キュリオス』という夢にいる幻想かもしれないし、憧れかもしれないし、また別の名前をつけることができるのかもしれない。それは私自身が決めることである。


CDの感想とか、みごとな演目の感想(特に透明なサーカスとか)も言いたかったんだけど、あまりに彼女の存在に興奮して感涙したのと、眠れないのと、全然関係ないけどシャニマスでマジつらいので今日はここまで。